それなのに心臓は勝手に動いている

エッセイ、経験談、持論を綴るだけ。

箱出る娘



私が小学生の頃、叔母は高校生だった。
当時の叔母は絶賛反抗期で
親の言うことなどまるで聞いていなかったし
手下である私も顎で使われ
(↑まぁこれはオーバーなたとえである)
この人間に血は通っているのか?と
何度も疑問に思ったものだ。



この間、久々(でもないが)に祖国に帰った時のこと。
叔母は今や立派に成人し、結婚し、3人の息子を育てている。
末っ子は私の顔をみるなり泣き出すのでそれを叔母がなだめる。
自分のことしか考えられず親に歯向かっていた
高校生の頃の叔母の面影はない。

子供って、いつか大人になるんだ…


冷静に考えたらこれって超すごいことだなと
今まで生きてきた中で幾度となく見てきた
まるで道端に転がっている小石のような出来事に
私はビビり散らかしていた。





「親が子供の面倒をみるのは義務である、
それができないなら子供なんか作らないほうがいいし
大学通わせるまで面倒がみれない親をもつ子供は不幸だ。」

ここまでは私が子供の考えだ。

それはそうなのだがそれにしても親ってすげえ。


大人の、
生活費やら税金やら色々やりくりしなきゃならん金のことだとか
職場では色んなストレスがあるだとか
パートナーとの関係を良好に保つだとか
そんなの子供の私は知らなかった。

蛇口をひねれば温かいシャワーがでるのは
水道代とガス代を払っているからこそなのだ。





そういえば私が小さい頃、
確かに裕福ではなかったが
食べることに不自由したことはなかった。

だがやはり子供は何も知らない。
大きな一軒家で暮らす友達の家に行くたびに
どうしてこの家に住んでいるのは私ではないんだろう、だとか
他の子よりお小遣いが少ないのが嫌だ、とか
身勝手に不自由さを感じていた。

あと学校が嫌いだし勉強も嫌いだし早くお金が欲しかった。
それゆえ高校を卒業してすぐ就職した。
早く独り立ちをしたかったのだ。
お金が欲しかった、親から離れたかった。
初任給をすべて母親にあげたのは
私はあなたよりすごい大人になったぞと
誇示したかったのかもしれない。
あなたの手なんか借りなくても
私はやっていけるんだ、と。


そんな当時の私は
自身の境遇を嘆いていた小さい頃の私から
全く成長していなかったのだな、と
今になって思う。
(第一、高卒の初任給など
たかが知れているというのに
むしろ恥を知れ当時の私よ)

自分が大人になれたのは
結局は親のおかげであったというのに。






ではいつになったら子供は
「大人」になるのか

”子供に戻りたいと願った時
既に大人である”

というのはよく聞くが
私は「自分の面倒を自分で見れるようになった時」が
大人になった時だと思う

今まで親にやってもらっていたことを
全て自分でできるようになったとき。
例えばご飯を作るだとか1人暮らしをするだとか
これらの生活するにあたって発生する出費を
自分で工面できる程度の金を稼ぐとか
正直これをできているだけで
みんな大したもんだよと言いたい。

だが更にすごいのは、自分だけでなく
子供の面倒もみるということ。
大人になるまで支えて
立派に1人立ちさせることができたなら
それはもう凄くすごい。
偉業と言ってもいい。


子供が大人になるということは
当たり前で、些細な出来事で、
誰もがそうでなければいけない

"道端に転がっている小石のようなこと"であるが
当たり前なようで当たり前にできることじゃない。







しかしなぜ私がこんな記事を書こうかと思ったのかというと
叔母の成長も然り、
私自身が今のパートナーと一緒になることを決めた時、
母とまともに初めて腹を割って話し合ったからである。

以前下記の記事でも述べたかもしれないが
muroga.hatenablog.com

私は多分他の人よりも自分の意思を抑制されていた。
その代わり私の道は母の「選択」により
いつも決まっていた。

自分で何かを「選択」したのは今回が初めてで
その時の話し合いが私の人生の分岐点だったのだ。




小さい頃から親戚のおばちゃんたちに
「箱入り娘だねぇ」とよく言われた。

「箱入り娘」の意味は
「お嬢様」、「極力他人に接触させずに
(家の中などで)育てられた娘」を指す。

一方悪い意味では
「世間知らず、一人では何もできない子供」
を指すこともある。

もちろんお嬢様ではない私は
後者の意味であることを子供ながらに理解していた。
しかし、「選択」をしなくてもいい生き方に慣れて
「これでいい」と思ってしまっていた。
私が何かしようとすると、
「本当にできるの?」と訝しげに聞いてくる母に
自信のない私は俯くしかなかった。





「自分の面倒を見れるようになったら大人」
であると同時に
私にとっての「大人になる」ということは
自分の意思を持つこと、
選択をすること、決定すること、つまり
母親から卒業すること」だった。


今現在の環境を作り上げたのは
他でもない私であり、
パートナーの協力と
母が私を認めてくれたことにある。


もちろん、母は親なので
親としての責任がある以上
私がどこで何をしていても
なにかやらかしたらその責任を負わねばならない。

でもこれから先、母の手を煩わせることは
以前より少なくなるのかなと思う。



まぁ数年経って
パートナーと大喧嘩でもして
突然実家に帰ったとしても
きっと受け入れてくれるだろう、親だから。








おわり